戦国武将の中で、自分の中で最強だと思うのが、この徳川家康です。 何が最強かって・・・それは徳川家康の風格というか、カリスマ性です。 織田信長のようにいかにも戦国武将!という感じでもないのに、 江戸幕府を開き、長い間日本の政治の中心にいました。 そんな徳川家康のトリビアとしてこんなものを挙げたいと思います。 それは、徳川家康が爪をとても綺麗にする人だった・・・ということ。 まぁ、どこかのサイトで見た情報なので真意のほどは定かではありませんが、 あの時代の人にして、爪をとても気にしていた人だったんです。 これは、ファッションとかそういう意味合いよりも、きっと性格的なものだったとは思うのですが、 それでも、やはり戦乱のあの時代において、爪を気にしていたというのは面白いエピソードですよね。 爪・・・といえば、最近若者の間で流行ってるのがネイルサロン。 ネイルと言うと、女性がするものというイメージがありますが、今では男性もネイルサロンに行くそうですよ。 そこにかつての徳川家康の面影が垣間見えますよね。 そして、今では世界的にもネイルサロンは流行っていて、シンガポールなんかでもすごく流行っているみたいですね。 これがシンガポールのネイルを紹介したブログです!⇒シンガポール ネイル もしかしたら世界的なネイルのルーツって徳川家康・・・なのかもしれませんね。。   Read the rest of the entry...
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August 16, 2011 · 戦国武将トリビア
『秀吉の指』 さて、かの太閤豊臣秀吉にまつわるトリビア。 というか、これは結構有名な話しで秀吉好きの人、戦国武将好き以外の人でも知っている人も多いかもしれません。 秀吉の手にまつわるお話。 なんと秀吉の指は6本あったというんです。 これはルイス・フロイスや前田利家なんかも文書として残しているのでかなり信憑性が高いと思います。 現に多指症という病気がありますから、その病気だったのかもしれません。 秀吉は信長からも『六つめ』と呼ばれていたんだとか。 この六本指を秀吉は天下人になるまで隠す事無く過ごしていたそうですが、天下人になってからは肖像がなどでも隠すようになったんだそうです。 なので、六本指説は、確たる証拠がないということ邪説ということも囁かれていて、秀吉に関する伝記や書には六本指にふれていない物が多いのです。 真意の程は誰もしることができませんが、天下人までに上り詰める人ですから何か人とは違った特別なものがあっても不思議ではないし、ミステリアスな部分が多いからこそ人々を魅了するのかもしれません。 これは多指症という病気であるので不謹慎な言い方かもしれないが、個人の意見としてはそうであったほうが何かドラマチックなものを感じるし、より秀吉と言う人が魅力的にうつるのですがどうでしょうかね。   Read the rest of the entry...
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『真田幸村はいじめられっこ?』 あの真田幸村がいじめられていたなんてにわかには信じられません・・・ だって大阪夏の陣ではあの徳川家康をあと一歩のところまで追いつめたという名武将ですよ? 真田十勇士のお話なんかも有名ですし・・・ このトリビアいったいどんなものなんでしょうか? ではいってみましょう。 さきほども言った通り真田幸村といえば、大阪夏の陣で大活躍した人。 そんな彼でも大阪城内ではげしいイジメにあっていたそうなんです。 そして、イジメていたのは秀吉の側室、淀君の側近達です。 幸村が戦のことで意見しても全てシカトしていたということです。 新参者だった幸村の作戦は全く聞き入れてもらえないし、家康から送り込まれたスパイなんじゃないかとまで言われる始末・・・ 本当にかわいそうです。 名武将と言われた彼の忠告を聞いてれば徳川家に敗北しなかったかも・・・ なんてことも考えちゃいます。 いつの時代もいじめってあるんですね・・・   Read the rest of the entry...
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ご存知、伊達政宗! 人気の高い彼、独眼竜正宗のトリビアです。 『母に殺されかけた正宗』 伊達政宗は幼少期に頃疱瘡になったため目が飛び出てしまうという醜い顔になったわけです。 正宗の母はその醜い容姿になった正宗を嫌悪し次男ばかり可愛がりました。 そのため母は伊達家の跡継ぎは次男にと考えます。 政宗が豊臣秀吉に小田原へ呼ばれる際に、母はお祝いの宴を開くと正宗を誘います。 幼い頃から母に虐げられてきた政宗は母の誘いに喜んで宴へ向かいます。 しかし、その宴に出された料理には母が正宗を殺すために毒を盛っていたんです。 三日三晩寝込んだものの、なんとか一命を取り留めた正宗は、「弟を生かしておくと、また殺されるかもしれない」ということで、実弟を殺してしまったんですね・・・ だけど、毒をもった張本人の母を殺すことはできなかったそうです。 弟かわいそうすぎます・・・ そしてお母さんひどすぎます・・・   Read the rest of the entry...
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April 29, 2011 · 戦国武将トリビア
織田信長はぶっとんだ性格だったらしいですね。 でもとてつもないカリスマ性をもっていたんだと思います。 私が会ってみたい武将ナンバーワンですよ。 そんな信長ですから面白い話もたくさんあります。 嘘かほんとか分からないですが、信長は黒人を最初に見た時に体に何か塗っているんじゃないかと思って体をゴシゴシと洗ったそうですよ。 まぁ、初めて黒人をみたらそんな行動にでるのも分かる気がしますけど。 暗君としても有名ですが、こんな光景を見たらプッと吹き出しちゃいそうですね。 って、時代が時代なら打ち首でしょうけど。 ちなみにこの黒人ヤスケという名前をつけて家来として側に置いたそうです。 ちなみに男としてうらやましいなぁと思う信長トリビアは、奥さんが12人もいたそうです・・・ 一夫多妻にも程がありますね。 なんともうらやましい限りです。 なんでも織田信長は美少年としても知られていたそうですので、12人奥さんがいたってのも不思議じゃないですね。 でもバイセクシャルなんだそうです。 ま、この時代は多かったみたいですけどね。   Read the rest of the entry...
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November 22, 2010 · 戦国武将トリビア
好感がもてる戦国武将ランキングの1位は、織田信長です。 織田信長は、本能寺の変で殺されてしまったが、信長の性格、考え方が、あまりにも、その時代の日本では、ぶっとんだ考え方をしていたため、周囲の理解を得られなかったというのも、この暗殺が起きた理由のひとつではないでしょうか。 現代の日本では、このような人物をカリスマとよびます。 ご存知の方も多いとは思いますが、戦国の三武将の性格を表している言葉として有名なものを紹介します。 ●鳴かぬなら殺してしまえほととぎす  これは、織田信長です。 ●鳴かぬなら鳴かせて見せようほととぎす これは、豊臣秀吉です。 ●鳴かぬなら鳴くまで待とうほととぎす 徳川家康です。   Read the rest of the entry...
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